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武士の一分と華麗なる一族

所長の眼鏡

2007年02月1日

木村拓哉主演の『武士の一分』(山田洋次監督)を観てきました。キムタク演じる下級武士(新之丞)が藩主の毒見役を務めて失明してしまうのですが、妻(加世)は愛する夫のために口添えを得ようとして罠にはまり、番頭に身を捧げてしまいます。
その行為を、夫婦の契りを断つ裏切りと感じた新之丞は、加世に離縁を言い渡し、復讐を誓います。

「譲れないもの」を奪われたとき、妻は夫のため身を捧げ、夫は妻のために“一分”をかけて自らの命を賭けるという、夫婦の情愛を大きな背景としている映画ですが、その単純なストーリーとは裏腹に、その映像からは多くのメッセージが伝わってきました。
その中でも、最も印象に残ったのがキムタクの台詞で、
「ともに死するを以って、心となす。勝ちはその中にあり。必死すなわち生くるなり」
という台詞があります。

人は必ず死ぬ。必ず死ぬということは生きるということ。だから生きている間は必死で生きなければならない、というメッセージは非常に感動的でした。

そのキムタクが、今度はTBS日曜劇場の主役を演じる『華麗なる一族』(山崎豊子原作)がスタートしました。
“金融再編”という時代の荒波を背景に、映画『ゴッドファーザー』のような華麗なる一族の、父と子の葛藤を中心とした家族の物語です。

このドラマは、原作が発表された1970年代のまま描かれているのですが、舞台が銀行ということ、しかも大銀行が小銀行を吸収するというありきたりの話ではなく、小が大を呑むというドラマチックな展開で、当時の銀行の取材は大変だったようです。

規制に縛られていた30年前の銀行業界と、あらゆる規制が緩和されていく現代との対比は興味深いところです。

さらに、この作品は単なる経済小説に止まらず、人間の根源である血脈を背景に、親子の葛藤を描いています。
その壮絶な生き様のぶつかり合い、とくにキムタク演じる万俵鉄平は、男のロマンと強い意志を持った人物設定で、難しい役柄です。彼が万俵鉄平をどう演じるのか注目したいところです。

さて、このドラマのスタートと時を同じくして、純血主義を守ってきた“華麗なる一族”不二家が「崩壊」しようとしています。不二家は創業以来、約100年の長きにわたって、創業者一族である藤井家が、経営の舵取りを担ってきました。
初代社長の藤井林右衛門氏は約40年間社長を務め、以来、彼の4人の子供と二人の孫が次々とたらいまわしのようにトップに君臨し続けてきました。まさに“華麗なる一族”を絵に書いたような老舗企業です。

ところが、消費期限の切れた牛乳を使用し、シュークリームを製造していたことが発覚し、消費者の信用を著しく損なってしまいました。

代々続く暖簾は、時に肥やしをやらなければ風化してしまうものなのでしょう。
情報化社会の影響で今の消費者は飽きっぽく、ブランド名はあっという間に通用しなくなります。
しかし、まだまだ根強いファンの多い不二家には、“武士の一分”を捨てずに経営陣を一掃し、「必死すなわち生くるなり」で、自らの消費期限を切らさないように頑張ってもらいたいものです。


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