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日本人の“コメとカネ”の歴史

所長の眼鏡

2009年07月1日

このコラムを書き始めてから、おかげさまで丸4年がたちました。

毎月皆様に何か参考になることはないかと思いを巡らせていますが、時々、「毎月楽しみにしているよ」というお声をいただけるのが救いです^^;

この4年間だけでも経済環境は目まぐるしく変化しておりますが、ここ数年、農業がにわかに注目を浴びています。

しかし、農水省の調査によれば、水田農家の9割が農業所得100万円未満で、就農1~2年目で生計が成り立つのは約2割に過ぎないようです。

そんな中、農業で稼ぐという壁を突き破った「ファーマー」が脚光を浴び、そこへ就職を希望する未経験の若者も後を絶たないそうです。

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実は、日本の歴史を紐解くと、コメとカネが交互に経済の主役についているのをご存知ですか?

6歳以上のすべての男女に口分田を与える。

ただし口分田の売買は禁止、本人が死亡した場合は国家に返すこと―。

7世紀後半の飛鳥時代に実施された「班田収授法」については、日本史の授業で記憶されている方も多いと思います。

ところがこの制度には欠陥があり、死んだら返すのであれば耕作する意欲がわかず、723年の「三世一身法」も三世代は認めたが、やはり返すのであればと農民が耕作を放棄し、田地が荒れ果てたのです。

そこで743年に「墾田永年私財法」が制定され、自分で開墾した田地については永年にわたり私財とすることを認めたのです。

当然のように開墾ブームが起こり、貧富の差が広がります。

これを期に発生したのが荘園です。

富豪の貴族や寺院が、民を使って開墾させ、のちに武装化して武士が誕生します。

主役である「コメ」の地位に揺らぎが生じるのです。

当時の武士の二大勢力というと平家と源氏ですが、平家は銀などを輸出品に、中国との日宋貿易でカネがカネを呼ぶ栄華を満喫したのです。

 

一方、そんな平家に反発し、農民たちはもう片方の頭領である源氏に乗り、源氏が鎌倉幕府を開きます。

鎌倉幕府はカネからコメへの振り戻しが起こり、再び農業を中心とした経済となるのです。

鎌倉幕府に青砥藤綱(あおとふじつな)という奉行がいました。

ある夜、彼は川に10文を落としてしまいます。

そこで50文で松明を買い、ようやく10文を探し出します。

周囲の人は「それでは40文の損じゃないか」と言うのだが、

彼は「川の中に沈んだ10文は、しょせん使い道がなく永遠に失われるが、松明を買った50文は流通するし、拾った10文も生きてくる」と答えたそうです。

この発想は、おそらく最盛期の平家には通じなかったし、賞味期限間際の値引き販売を許さず、すべて廃棄処分させるセブンイレブンの経営陣にも通じないでしょう。

「生きたカネ」という発想は、カネがカネを呼ぶ世界の者には必要のない経済観念なのです。

 

ところが次の室町時代は、明との勘合貿易や金閣寺などの北山文化で知られる足利義満がまた、カネの時代に戻しました。

それを、戦国の信長、秀吉が引き継ぎます。

とくに秀吉が巨大な権力を持てたのは、堺や博多を舞台にした貿易のおかげで、流通網を完成させたかったのは、きわめて商売に立脚した発想です。

一方で、秀吉は「太閤検地」と呼ばれる田畑の測量と収穫量調査を全国にわたって行い、土地のコメ生産性を石高という単位で表します。

この目的は、カネは豊臣政権が独占し、コメは武士や農民たちと、それぞれをはっきりさせることで、室町時代の下克上でバラバラになってしまった身分制度を再構築させたのです。

このように信長、秀吉はカネによる経済を熟知していた。

 

続く家康も、もしかしたら分かっていたかもしれませんが、「士農工商」という身分制度を構築し、コメ本位の自給自足経済を推進します。

家康はいかに貿易が危ないかに気を配り、それを防ぐためにはいくつもの法度で取り締まり、徳川家の天下を安泰にしなければならないと考えたのです。

それが、「鎖国」でした。

ただ、徳川幕府が経済音痴であったことは間違いなく、仮にペリーが来なくても、徳川幕府は経済的に破綻していたといわれています。

 

そして、明治維新が起こります。

日本は欧米の産業革命を目の当たりにしますが、いかんせん日本にはカネがなく、産業というと農業しかなかったのです。

ここで明治政府が行ったのが「地租改正」です。

カネによる租税制度で、併せて土地に対する私的所有権を認め、売買も自由になったのです。

このころから最初の産業である紡績業が生まれ、重工業の芽が出始めます。

これを最大限に利用したのが当時の銀行です。

土地を抵当に押さえるようになり、それまで土地は農作物を経由してカネを生んでいましたが、直接カネを生むようになったのです。

とはいえ、日本の国力はまだ、世界に誇れるようなものはなく、太平洋戦争に敗れると、焼け野原でまず農業をするしかなかったのです。

それが高度経済成長とともに、日本人は農業を捨てていく方向へと変わります。

特に、戦後の「農地改革」が、都市と農村を完全に断ち切ってしまったのです。

農業が忘れられ、後継者がいなくなる一方で、日本はカネ本位路線を突き進み、世界第二位の経済大国になっていきます。

 

このように長い歴史の間で、日本は「コメの国」と「カネの国」を行ったり来たりしています。

特に21世紀は、カネがカネを生む経済が極限まで進化し、勝ち組・負け組がはっきりする時代になってしまいました。

こうなると逆に、製造業を含め、農業のように着実に額に汗して何かを作り上げるというまともな経済があらためて見直されるに違いありません。

なにより食の安全性が揺らぎ、先進諸国が自給率を高めようとしているなか、日本の自給率は低すぎます。

コメとカネの順番からいっても、次は農業中心の経済に戻るというのが、歴史が指し示す道かもしれません。

 

先日、顧問先で住宅関連部品メーカーの社長が、「こないだ農機具の部品の注文が来ました。こんなん創業以来始めてですわ」とおっしゃっていました。

このように、もちろん日本人全員が農家になるわけではありませんし、農業に携わるわけでもありません。

ただ冒頭で述べたように、農業が若者の雇用を少しずつ確保し、耕運機やトラクターを始めとした農機具や、家庭菜園グッズの需要も急成長しているようです。

今月号は長文になりましたが、今後、農業ビジネスが現在の産業構造を変えることは間違いなく、どこにビジネスチャンスが転がっているか常にアンテナを張ることが必要だと思います。


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