コラム『所長の眼鏡』

素朴な夢2005.10.01

 

9月19日ダイエーの創始者でかつて「流通の神様」と呼ばれた中内功氏が亡くなられた。
1957年「主婦の店・ダイエー薬局」を大阪市旭区にオープンしてから快進撃を続け、全国へ店舗展開し、開業から23年で売上げ1兆円を達成。バブル景気に乗り、ホテルや球団の買収など経営拡大路線はとどまることを知らなかった。
しかし、やがてバブルは崩壊し、有利子負債が2兆6000億円にも上るなど、巨大な借金を作る結果となったのである。

「戦後最高の成功者にして、戦後最大の失敗経営者」といわれている中内氏であるが、第二次大戦中フィリピンの戦地で生死をさまよいながら夢見たのが、一家ですき焼きを食べる風景だった。
安い牛肉が手に入り、容易にすき焼きを食べられる社会にしたい。そんな素朴な夢が、原点だったのである。

ここで、最近読んだ『人を動かす50の物語』という本の一節を紹介する。

メキシコで休暇をとっていたアメリカのビジネスマンが、小船に乗った一人の漁師を見つけた。
船の中には大きなマグロが数匹。アメリカ人は魚の立派さを誉め、それを獲るのに何時間かかるかと漁師に尋ねた。
「そんなにはかかりませんよ。2.3時間海に出ていただけです」とメキシコ人は答えた。

アメリカ人は、なぜもっと長く海に出て、もっとたくさんの魚を獲らないのか不思議に思った。
メキシコ人は笑って、「私は自分と家族を十分養っていけるだけの金を稼いでいます。
残りの時間は何でもしたいことをすればいいんです。子供と遊んだり、かみさんと昼寝を楽しんだり、毎日夕方になると村へぶらぶら歩いていき、友人たちとワインをすすりギターを弾く。私は豊かで充実した日々を送っているんですよ。だからこれ以上魚を取る必要はないんです」と答えた。

アメリカ人は冷笑し、「あなたは成功できるのに、それに気づいていない。あなたはもっと長い時間漁をし、利益を出してもう少し大きな舟を買うのです。
そして、さらに利益を増やして数隻の舟を買う。数年後には、魚を市場に卸さず加工業者に直接売るようにし、最終的には自分の缶詰工場を開くのです。収穫から加工、流通までを、あなたがコントロールするわけです。
あなたにはメキシコシティあたりに引っ越してもらって市場にあなたの顔を売らなければなりません。最終的にはニューヨークで、発展を続けるビジネスをマネジメントできるようになります」ここまで言うと、アメリカ人は漁師からの感謝の言葉を待った。

「…そのあとはどうなるんです?」

アメリカ人は、「会社の株を公開して、一般人に株を売れば何百万ドルも稼げますよ。」
「…何百万ドルですか、それでその後はどうなるんです?」
アメリカ人は、「そうですね。最後にあなたは一財産を築いて引退し、何をしようとあなたの自由です。子供と遊んだり、奥さんと昼寝を楽しんだり、毎日夕方になると村へぶらぶら歩いていき、友人たちとワインをすすりギターを弾く。そんな豊かで充実した日々を送れるんです」

メキシコ人の答えは言うまでもありませんが、ハッとさせられる物語です。中内氏はすき焼きを食べることには困らなかったであろう。しかし、素朴な夢を忘れ、違った夢を追い求めてしまったのであろうか…。

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