コラム『所長の眼鏡』

坂本龍馬はお金持ちだったのか?2015.10.01

 先月号で富士山に登ったことをお伝えしましたが、たくさんの方から反響がありました。 やはり日本一の山ですね。 富士登山では多くのことを学びましたが、経験のない方のためにお伝えしたいことがあります。 山小屋ではカップヌードルは500円~600円、ペットボトルの水は5合目の200円から始まり、頂上近くでは500円になります。途中の山小屋にあるトイレは1回200円、山頂は300円でした。果たしてこれはぼったくりなのでしょうか? 富士山売店
富士山自販機  価格設定の基本は需要と供給のバランスです。水、食料、トイレ…富士山のようなところでは命を買うようなもので、この値段でも飛ぶように売れるのです。 しかし、ヘリではなくトラックで運ぶ輸送費、山小屋で働く人たちの人件費、お湯や冷蔵庫といってもガスも電気もありませんから、おそらくこれらのコストは莫大です。 僕が疲労困憊でトイレに並んでいると、学生ぐらいの若い男の子たちがペットボトルのケースを3段重ねにして、それを担ぎながら下からガンガン駆け上がってくるのを見ました。 一歩一歩ゆっくり登ってきた人間にとっては衝撃的な光景でした。笑
このように、物事にはお金がつきまといます。お金の動きをじっくり見ていれば、今まで見えなかったものも見えてくるようになるのです
さんがよくご存じの坂本龍馬、彼は日本全国を飛び回り、明治維新の立役者の一人です。 しかし、どこに行くのにもお金がかかります。食事代はもちろん、宿代、さらに龍馬は筆まめで多くの手紙が残っていますが、手紙を出すにも今の切手代というわけにはいきません。高価な飛脚を雇い届けてもらうのです。
では、龍馬はお金持ちだったのでしょうか? 龍馬の家は豪商才谷屋の分家とはいえ、土佐藩でも身分の低い下士、しかも龍馬はその土佐藩を脱藩しています。それでも脱藩してからの方が動きは活発になります。何か不自然ですよね。
答えは簡単、龍馬にはスポンサーがいたのです。 長崎のグラバー邸で有名なトーマス・グラバー彼は21歳の若さでイギリスから上海に渡り、「ジャーディン・マセソン商会」に入社。2年後には長崎に移り、長崎代理店として「グラバー商会」を設立しています。このグラバーが龍馬にお金を出しまくったのです。 彼の目的は討幕。巧みに薩摩藩、長州藩、土佐藩などに武器弾薬を売り、しっかり儲けながら勤王の志士たちを取り込んでいくのです。誰も文句は言えず、それが証拠に幕末のあの時代、20代前半のイギリス人が長崎の港が一望できる丘の一等地に、あれだけの敷地の家を持てるはずがありません。
では、そもそもグラバーがなぜそんなに力を持っていたのでしょうか? これも答えは簡単、後ろにイギリスと「ジャーディン・マセソン商会」がついていたからです。この会社は元東インド会社で、アヘンの密輸のための会社です。清国とイギリスとのアヘン戦争に深くかかわり、清国をアヘン漬けにしてボロボロにした会社なのです。
このように、何をするにもお金が必要です。そして、お金の流れを見返すとまた見えてくるものがあるのです。 470万社のうち7割が赤字と言われていますが、経営も同じです。完璧な帳簿は、会社の歩んできた歴史を教えてくれます