コラム『所長の眼鏡』

孫子の兵法を知る2015.07.01

 兵法書、すなわち戦争に勝つための書籍だと考えると、勇ましい言葉がたくさん出てくる本だとイメージする人もいるかもしれません。 ところが、最強の戦略書といわれる『孫子』には、勇ましい言葉はほとんど出てきません。『孫子』の中心的な思想の一つは「不敗」すなわち負けないことを第一としているからです。 国家の存亡をかけた古代の戦争では、敗北は国の滅亡を意味し、将軍や兵士の死を意味したからです。 手に入るものよりも、まず失うものの大きさをイメージすることを優先した思想です。
経営者はいくつかのタイプに分かれますが、戦国の武将に例えたりすることもよくあります。 例えば、戦国の名将、蒲生氏郷は「主将として衆人を戦場に使うには、ただかかれ、かかれ!と口で指図するだけでは動かない。かかれと思うところにまず自らが行き、ここに来い、と言えば主将を見捨てる者はいないだろう。自分は後方にいて、ただ皆に口先だけで動けと命じてもうまくいかぬ」と初陣から常に先陣に立って進んでいました。 まさに命がけです。リーダーが自ら動いて態度で示すやり方です。 一方で、豊臣秀吉は「織田信長に兵5千、蒲生氏郷に兵1万をつけて合戦させたとしたら、どちらにつくかとなればわしは信長方につく。なぜなら、蒲生方から首5つほど取れば、そのうちには必ず氏郷の首があるはずだ。信長様は4千9百人まで討ち取られてもなお討ち死にすることはあるまい」と言っています。 リーダーが目の前の仕事を自分で何でもこなしてしまうという意味でいうと、部下が手柄をあげる機会を奪い、成長する機会を奪うようなものです。そして、リーダーが目の前の仕事に追われていると、一体誰が大局を見極めて次の一手、未来のことを考えるのでしょうか。
話を『孫子』に戻しますと、「不敗の態勢を作れるかどうかは自軍の態勢いかんによるが、勝機を見いだせるかどうかは敵の態勢いかんにかかっている。あらかじめ勝利する態勢を整えてから戦うものが勝利を収め、戦いを始めてから慌てて勝利をつかもうとする者は敗北に追いやられる」と言っています。 これはちうど、会議が始まる前にすでに根回しが終わっているような、イベントの開催日前にチケットがすべて売れているような理想的な勝ちを実現する考え方です。 孫子 孫子は5つの基本条件を示していますが、現代のビジネス風に読み直すと、 ①それは本当に自分の会社が始めるべきことであるか考える ②今の会社の実力や立場に応じた始め方ができること ③同じ目標の社員、取引先、支援者を作り上げる ④万全の準備を整えて、情報収集、市場動向に敏感であること ⑤リーダーシップを発揮する人を選び、その人の能力発揮を妨げない 一見当たり前のようにも思いますが、これらを整える姿勢は、勝つことに対する静かで密度の高い執念です。 逆に敗者の2つの共通項目として、 ①勝負を軽く見る、事前準備が必要ないと思うほどに、 ②非現実的なほど自分を過大評価し、自分の欠点を重要視しない、 と言っています。 2500年間、勝者を支える最高峰の戦略書であり続ける「孫子の兵法」、不変の勝者と敗者の違いを自覚して経営をしなければなりません。