コラム『所長の眼鏡』

明治政府のマジック2009.11.01

 

新商品や新サービスを生み出すというのは本当に大変なことです。

血のにじむ努力をしたとか、ふとした一瞬のひらめきだったなど、後になってみれば説明はつきますが、生みの苦しみというのは言葉では言い表せないものです。

ましてや今の時代、商品もサービスも世の中に溢れていますし、今無いものを生み出すというのは、ある意味マジックのようなものです。

そこで、最近私が参考にしている考え方をご紹介します。


明治維新が終わり、廃藩置県を行った明治政府は、いくら藩を廃止しても徳川幕府時代となんら変わったものではなく、財源もなく年貢は米で納めていました。

そこで、明治政府はあるマジックを使ったのですが、皆さんはご存知ですか?


―― 答えは、「地租改正」です。


なんか歴史の授業で習いましたよね?^^;

① 土地の所有者に「地券」というものを交付して、土地の所有権を認めた。

② 収穫量の代わりに、収穫力に応じて決められた「地価」を課税基準とした。

③ 年貢をやめ、お金で納めさせることにした。

④ 税率を地価の3%とし、耕作者ではなく、土地の所有者に納めさせた。

これは一種のマジックで、所有権を国が認めることを餌に、自主的にその申告を百姓自身にさせたのです。

百姓にしてみれば、所有権を認めてもらうには真面目に申告せざるを得ないので、江戸時代はごまかしていた「隠し作地」がまともに表に出て、なんと5割増しにもなったのです。

さらに、私的所有権を認めたことで、売買も自由になり、そこに目を付けたのが当時の銀行です。

銀行は地券を持ってきた者に対してお金を貸すようになったのです。


問題は地価の決定で、収入から種代や肥料代を差し引いた粗利益を6%で割り戻した金額を地価としたのです。

(これは、その利益を得るためにはいくらの資本がいるのか?という考え方で、現在でも収益還元法といって、不動産売買では慣習的に使われています。)

例えば、年間500万円の利益が見込めるのであれば、500万円÷0.06=8333万円となり、8333万円の地券が交付されます。

税金はその3%ですから約250万円。

結果的には利益の約半分となるので、現在の最高税率50%が全国民に課されたというのは非常に重い税負担です。

このため、全国各地で農民一揆が起こり、最終的には2.5%に減額されました。


さて、紆余曲折はあったものの、明治政府はこのような大掛かりなマジックを成功させました。

明治2年に大蔵省が設立され、明治4年には租税寮という大蔵省の内局ができ、この両者が必死になって考えた税金の仕組みが明治6年の「地租改正」なのです。

最近、鳩山首相が「今がまさに平成維新」と連呼したり、各大臣が「額ではなく、脳に汗して財源をひねり出す」と言っていますが、高速道路の無料化や元金返済猶予制度のような程度では、平成維新と呼ぶには程遠いでしょうね。

今は先の見えない不況下ですが、不況時にこそアッと驚く新商品を開発するのは、いつも中小企業です。

明治政府のような大胆な発想は非常に重要で、今こそ脳に汗して、そしてマジックのような発想で、消費者を惹き付けるような新しいアイデアを生み出さなければなりません。