2026.03.02
先の衆院選で自民党が大勝し、巨大与党が誕生しました。外交安全保障や外国人対策などのグローバルな課題もありますが、やはり、社会保険料が高すぎます。
中小企業レベルでは必死で賃上げの努力をしても、従業員の手取りはそんなに増えませんし、社会保険料は会社が半額負担しているのにも関わらず、手取りが増えていないという不満しか残らないのです。これでは、企業側も働く側もモチベーションが上がりません。
さらに、税理士としては、2年間食料品に関してだけ消費税をゼロにして、給付付き税額控除とか、目先の税法を中途半端にいじるのはホント勘弁していただきたいです。。。
さて、3月年度末になりましたが、たまには税理士らしい話をしようと思います。
日々の経済活動を帳簿に記録することを「仕訳する」と言いますが、この帳簿に記録する「簿記」の技術はイタリアで始まりました。
その簿記発祥の地、イタリアには「3月24日決算」の帳簿が数多く存在します。
日本では国の事業年度に合わせた「3月31日決算」が多いですが、この中途半端な日付は、レオナルド・ダ・ヴィンチの名画「受胎告知」に隠されています。
この有名な宗教画は、聖母マリアのもとを訪れた大天使ガブリエルが、「あなた妊娠していますよ」と告げるシーンが描かれています。
この受胎告知は3月25日の出来事で、ここから9カ月経った12月25日のクリスマスに生まれたのがイエス・キリストです。
このような理由で、受胎告知の日は記念すべき「始まりの日」であり、今も欧州の多くの国で祝日となっています。
中世イタリアでは、これにちなんで3月25日から会計年度を始める商人たちがいたようで、そうなると、期末は3月24日となるわけです。
そんな3月24日決算の古い帳簿の表紙にこんな言葉があります。
―「神と利益のために」―
キリスト教の影響力が強かった中世イタリアにおいて、「ガバナンスは神」だったのでしょう。
そして、帳簿はたしかに商人たちの「守り神」でした。簿記は13~14世紀のイタリア各都市で誕生しましたが、その頃のイタリアには「お調子者」の商売人がたくさんいて、調子の良いことをペラペラ言いながら、あとになって「そんなこと言ったっけ?」とトラブルを起こします。
したがって、ヴェネツィアやフィレンツェの商人は、なにかにつけて公証人のもとを訪れ、口約束を信じることができない商人は、あらゆる約束や決めごとを「文書の記録」に残すことで安心できたのです。
そんな「記録」を大切にする文化が、日々の取引を逐一「帳簿に付ける」行為になっていきました。
この記録のための技法が「簿記」です。
当時、イタリア商人たちの帳簿付けや決算書作成は「自らの経営状況を知る」ことができる上に、対外的なトラブルが生じた際は「裁判の証拠」となる商売人にとって強い味方でした。
この味方があったからこそ、イタリア商人たちは一時代を築くことができたのです。

現在、ダ・ヴィンチの「受胎告知」はフィレンツェのウフィツィ美術館に飾られ、美術館一番のお宝として防弾ガラスで守られています。
「受胎告知」はウフィツィ美術館のみならずイタリアの精神的、そして経済的な守り神になっているのです。
今年は午年です。日本語には、馬にちなんだことわざがたくさんあり、「人間万事塞翁が馬」「馬の耳に念仏」「馬鹿は死ななきゃ治らない」など、他にもたくさんあります。
なかでも、「馬鹿は死ななきゃ治らない」この言葉は「どうしても言うことを聞かない人や、同じ失敗を繰り返す人は簡単には変わらない」という強めの表現です。”頑固な人はなかなか考えを改めないものだ” という皮肉やあきれを込めた言い回しなんですね。
では、そもそも「馬」と「鹿」でなぜ「馬鹿」というかご存じですか?
これは、中国・秦の時代の有名な故事に由来します。舞台は秦の始皇帝亡きあとの宮廷に、権力の中枢に趙高という人がいました。この趙高というのがめちゃくちゃで、秦の始皇帝には20数人の子供がいたのですが、亡くなった後、クーデターを起こして遺言を書き換えて、長男を自決に追い込んで当時12歳の末子を秦の二世に即位させました。
そして、その皇帝の前に鹿を連れてきて、「これは馬でございます」と言ったんですね。当然、臣下の中には「いや、鹿です」と言う者もいれば、「馬です」と権力に迎合する者もいました。趙高はここで、鹿を鹿と言った者を粛清し、馬と言った者だけを重用したという話です。
趙高は何を試したのかというと、秦の始皇帝死後の混乱期に実権を握っていたのが自分で、皇帝の秦二世は名ばかりです。趙高は「この宮廷に、自分に逆らう者がどれだけいるか、誰が“真実”より“私”を選ぶかを知りたい」そこで使ったのが、誰の目にも明らかな“鹿”を“馬”だと言わせるテストでした。
では、「馬です」と言った者が重用された理由は、権力への服従を証明したからです。
鹿を見て「馬です」と言うのは、判断力がないのではなくて、判断力を“捨てる覚悟”があるという証明で、しかもその人はもう「共犯者」です。
「あの時、鹿を馬と言いましたよね?」「次も従えますよね?」ということです。
あの時代、組織にとって最も危険なのは「正しい人」です。
「鹿です」と言った人は、現実を見ていて、空気より事実を選んで、権力にNOと言えるということです。
今の独裁国家も同じで、専制体制において、これは最大のリスクです。
だから真っ先に粛清されました。
この話が2000年後も残り、「馬鹿」という言葉が今も使われるのは、この構図が現代でも繰り返されているからです。
会議で明らかにおかしい方針に誰も異を唱えないとか、SNSで嘘だと分かっていても空気に流されるとか、こうした瞬間に、私たちは無意識のうちに 「鹿を馬と言っている」のです。
でも、この語源を知ると、「馬鹿」という言葉は本来、他人を見下すための言葉ではなく、自分への警鐘として生まれた言葉で、本当にそれは馬か?鹿だと分かっていて黙っていないか?自分の目で見て考えているか?そう考えるのが「馬鹿にならない」方法だと思います。
馬鹿とは、知らない人ではなくて、知っていて目を背けた人のことなんですね。
ちなみに、この趙高は、この後も幼い皇帝を虐殺して、自分が秦の三世になろうといろいろ企みましたが、結局側近が誰も付いてこずに殺されて、秦帝国は滅亡するっていう、それこそ馬鹿みたいな話ですね。

2026.01.05
2026年がスタートしました。
今年は2月に冬季オリンピック、3月に野球のWBC、6月にサッカーのFIFAワールドカップが開催されます。
スポーツ観戦が好きな人にとっては、待ち遠しいビッグイベントですが、始まったらまた寝不足が続きそうです。
ところで、3月末をもってNTTドコモが3GサービスFOMAを終了するのをご存じですか?
これによって携帯電話IP接続サービス「iモード」のサービスも終了となり、NTTドコモのガラケーの歴史に幕が閉じられます。
ポケベルがなくなった時のように、時代の移り変わりを実感しますね。
さて、新年早々、シュールなタイトルからスタートしましたが、「君、明日から会社を辞めてくれ」これは、松下幸之助がある課長に投げかけた一言です。
あなたなら、この言葉の”真意”をどう受け取りますか?
当時、松下電器では、コタツの不具合で回収業務に当たっており、製造を行った課の課長が回収責任者でした。
そして、松下氏は彼にこう続けます。
「会社を辞めて金を出してやるから、しるこ屋になれ。どうすれば売れると思う?」
・・・最初は何のことかわからず、課長は沈黙します。
課長「有名なしるこ屋を調査します」
松下氏「何を調査するのや?」
課長「その店が、なぜ流行っているのか理由を具体的につかみます」
松下氏「次は?」
この調子で、どうすればお客さまにとって美味しくなるのか?周りの人の試食は?
どうやってその味を維持する?お客さまの反響を逐一チェックするには?
価格はどうする?いくらならお客さまは買う?
など、根掘り葉掘り聞き、課長に考えさせたあとこう切り出しました。
「一杯5円(当時の価格)のしるこでさえ、ここまで考えないと売れない。
それより高い製品を売る立場の君は、その100倍、200倍考えて努力しないとダメだ。
分かったら、『会社を辞めてくれ』は取り消すから、明日から課長の仕事をしっかりやってくれ」
これは単なる叱責ではありません。
モノやサービスを売るものとして”売る側”ではなく、”選ぶ側”の視点でビジネスを見直しなさい、ということです。
残念ながら、この原点からどうしても離れてしまいます。
真剣に真面目に自社のサービスに向き合う時間が長くなればなるほど、「お客さまが求めるもの」より、「自社のこだわり」に意識が向きがちだからです。
「いい商品なのに、売れない…」「何を変えればいいのか分からない…」
もしこう悩むのなら、「お客さま視点」が徐々に薄くなっているアラートかもしれません。
「来年から考えようかな…」そうして動かなかった結果、何も変わらないまま新しい年を迎える経営者を何人も見てきました。
松下氏が課長にしるこ屋を想定させたように、この年始に「マーケティングの原点」に立ち返って考えてみませんか。
今年の干支は丙午(ひのえうま)です。火の力が重なる干支だと言われています。
情熱や勢いが高まり、太陽のようにエネルギーが満ち溢れる年となります。
大きな飛躍のチャンスですので、新しいことや諦めかけていたことに挑戦すると良い結果に繋がる年になるでしょう。
今年もよろしくお願いします。
