2026.06.01
カチッカチッカチッと一定の間隔で時を刻むメトロノーム。
こう見えて、私も子供の頃にピアノを習っていたのですが、あの音に振り回された記憶があります。
では、複数台のメトロノームをバラバラに動かすとどうなるかご存知ですか?
実はメトロノームは仲間意識が強く、バラバラに動いていても最後は同期しちゃうんです。
A「俺右に全力で動いてるぜー!」
B「俺も右に全力で行くぜー!!!」
C「私は左に行くわよー!」
A「え、なんかCさんだけ逆じゃね?Cさん!一緒に同期しない?」
C「んーーー、ちょっと待ってて、今からそっちに合わせるわ!」
~時間経過~
ABC「仲良く同期したね♪」
これは決してメトロノームに仲間意識があるわけではなく、でも、メトロノームにはまるで意思があるかのようにちゃんと同期するんです。
ランダムにカチカチと賑やかに動くメトロノームたちは、最後にはビシっと同期して軍隊の行進かの如く時を刻みます。
メトロノームが揃う現象(同期現象)は、動く台の上に置かれた複数のメトロノームが、互いの振動を土台を通じて伝え合い、最終的に全ての針が同じタイミングで動く(シンクロする)現象です。
これは、17世紀にホイヘンスが時計の振り子の同期で発見した原理に基づきます。土台がわずかに左右に揺れ、その振動が相互作用として個々のメトロノームに伝わり、リズムが自然に引き込まれ合います。
異なるテンポで動き始めても、弱い力で影響を与え合うことで、最終的にエネルギー消費の少ない最も安定した同じリズムに収束するというわけです。
身近にも、蛍の一斉点滅や、心臓の細胞の拍動、歩行者による橋の揺れ、魚の群れなど、生物や物理現象にも見られる「自然な足並み」です。
では、人間社会では?と考えると、例えば、流行(ファッション、SNS、ブーム)は、最初は一部の人だけがやっていたのに、気づけばみんな同じ行動をしていたり、会社や組織での意思決定も、みんなが同じ方向を向くと、そこに逆らうのが難しくなります。
経済のバブルと暴落も、みんなが投資するとバブルが膨らみ、誰かが売り始めると一気に崩壊します。
人間が周囲の影響を受けるのは、狩猟時代、群れから離れると生存率が下がったことから、個人の意思より安全を重視する「環境の影響」が大きく、メトロノームと同じで、環境が変わると自然と同期してしまうのかもしれません。
ただ、会社組織において、みんなが同期するかというとそんなことはありません。
「意識的に同期しない」のではなく、価値観が合わないことがあります。
メトロノームとは違い、人間は自分で「同期するかしないか」を選べますので、同期する環境を整えることが重要になってきます。

2026.05.01
2024年12月に54歳で急逝した中山美穂さんの遺産をめぐり、パリ在住の22歳の長男が相続を放棄したという報道が世間をざわつかせています。
私は彼女がTBS系のドラマ『毎度お騒がせします』でデビューした時に衝撃を受けたのを今でも覚えています。
同学年ということもあり、その頃から大ファンでしたが、アイドル時代の楽曲印税や著作権、不動産などを含めた遺産総額は約20億円にのぼると言われています。
にもかかわらず、長男が相続放棄をしたのは、なぜでしょうか。
まずは、相続税の問題があると言われています。
現行の税制では、この規模の相続には最高税率55%が課されます。
約11億円もの相続税を、死亡を知った翌日から10カ月以内に、しかも原則として現金一括で納めなければなりません。
不動産はまだしも、著作権といった現金化しにくい資産だと、まだ学生の身である長男にとって、この短期間に膨大な現金を工面することは現実的に厳しく、結果として相続を放棄せざるを得ない状況に追い込まれたのかもしれません。
とはいえ、中山さんにも顧問税理士がいたはずで、何とかしてあげられなかったんですかね。。。
もし長男が相続を放棄すれば、民法の規定により、次順位の法定相続人である実母に権利が移ることになりますが、中山さんは幼いころに両親が離婚し、妹の忍さんとともに伯母夫婦の家に預けられて育ちました。
それでも、母親が代表の会社を設立して収入管理を一任するなど強い絆で結ばれていました。
ところが、数億円規模の流用疑惑が浮上したのです。
秋田でイタリアンレストランを開くなど奔放な資金運用をしていたことも重なり、母親による管理を中止させ、母娘の断絶が続いていました。
このまま長男が相続放棄をすれば、法的順位に従えば、これら全ての遺産や著作権が、かつて金銭トラブルがあった実母の手へと渡る可能性が生じているのです。
さらに懸念されるのは、中山さんが手掛けた名曲のゆくえです。
200万枚を超えるヒットとなったWANDSとのコラボ曲「世界中の誰よりきっと」の作詞は上杉昇氏と中山さんの共同名義で、他にもNHK連続テレビ小説『ええにょぼ』の主題歌「幸せになるために」も共同で作詞を手掛けています。
また浜田雅功と共演したドラマ『もしも願いが叶うなら』(TBS系)の主題歌「ただ泣きたくなるの」の作詞も連名で携わっていて、約40年にわたる芸能活動の中で、彼女は数多くのヒット曲を歌い、数十曲の作詞を担当しました。
中山さんが心血を注いで残したこれらの著作権は、死後70年間にわたって守られるべき貴重な文化的財産ですが、今回の相続混乱によって管理権が高齢の実母に移った場合、この複雑化な著作権問題もどうなるのでしょうか。
もし実母も相続放棄すれば、権利は第3順位である妹の忍さんへと移りますが、万が一親族全員が連鎖放棄を選べば、最終的に権利そのものが消滅してしまいます。
高額な相続税という壁が、スターが残した文化的遺産の適切な承継を妨げることになりかねない現状は、今後も議論を呼びそうです。
この相続問題は、ただのワイドショーネタではありません。
以前は、一部の富裕層が相続税対策を行うだけでしたが、昨今、相続問題はすそ野が広がって複雑化しています。
分割争い、認知症問題、空き家問題、後見人問題、家族信託…どれも他人事ではなく、すべての人が遺言書を書く世の中になってきています。

2026.04.01
あと一回で、届いたかもしれない。
この絵、何度見ても刺さります。
上の人は、まだ何も見えていないのに、黙々とツルハシを振り続けていますが、下の人は、もう限界だと思って、あと一歩のところで引き返してしまいます。
たったそれだけの差です。
才能でも、運でもなく、能力ですらありません。
「もう一回、やるかどうか」ただ、それだけです。
仕事も、経営も、人生も同じで、結果が出る直前は、だいたい一番しんどいもんです。
出産が一番わかりやすいかもしれませんね。
(僕は男なので一生分かりませんが、、、)
数字は伸びない。
評価もされない。
周りはうまくいっているように見える。
でも、そこでやめたら、そこは「何もなかった場所」で終わってしまいます。
続けた人だけが「ここに、ダイヤがあった」と知ることができるのです。
今日も成果が出なくていい。
派手じゃなくていい。
ツルハシを置かなかった人間だけが、最後に笑うということです。
継続は才能を超える。
これは根性論じゃなく『現実』です。
野球のように9回で終わりと決まっていれば、勝敗を受け入れるしかありません。
100m走はゴールが見えていますし、マラソンはスタート地点ではゴールが見えていなくても、42.195km先はゴールだとわかっています。
仕事でも、生産量、出荷量、事務処理量など、終わりがわかっている作業は頑張れます。
ところが、営業成果、試験研究、製品開発、成長、といったゴールが見えないこととなると、壁にぶち当たってしまい、人間はどこかであきらめてしまうものです。
そこで必要になってくるのが、ノルマであったり、目標であり、階段を設けることです。
そうすることで、人は登っていけるのかもしれません。
ある経営者が、今年はSNSが大事だと聞けばSNSを始めます。
次にYouTubeがいいと聞けばYouTubeを始める。
誰かが「広告はもう古い」と言えば広告をやめる。
そしてまた、別の誰かが「今は広告が一番効く」と言うと、また広告を始める。
こうして彼のビジネスは、いつも新しいことをやっています。
でも、不思議なことに結果は出ません。
理由は単純で、行動がぶれているからです。
多くの経営者は思いつきで動きます。
今日はこれ、明日はあれ、来月はまた別の方法。
しかし、これではビジネスは前に進みません。
成功する経営者は、まず原則を決めます。
そして、その原則に基づいた行動計画を作ります。
これが基となって、ビジネスにおける意思決定は、すべてがその計画に従って動くわけです。
だからぶれないのです。
もちろん市場は変わりますし、技術も変わります。
しかし、原則は変わりません。
新しいか古いかは重要ではなく、効果があるかどうか、それだけです。
ところが、多くの経営者は「何をやるか」で迷ってしまうのです。
でも、本当の問題はそこではありません。
問題は、やり続けるかどうかです。
ところが世界では、やり続けてほしくない、先の見えない戦争が行われています。
滋賀県民を怒らせても、琵琶湖の水は止められませんが、イラン人を怒らせると、ほんとにホルムズ海峡を封鎖してしまうんですね。
トランプ(大統領)もカードが尽きた感じがしますが、思い付きでカードを出して世界中を振り回すのはいい加減にしてほしいです。
これ以上、原油高になる前に終息することを祈るしかありませんね。

2026.03.02
先の衆院選で自民党が大勝し、巨大与党が誕生しました。外交安全保障や外国人対策などのグローバルな課題もありますが、やはり、社会保険料が高すぎます。
中小企業レベルでは必死で賃上げの努力をしても、従業員の手取りはそんなに増えませんし、社会保険料は会社が半額負担しているのにも関わらず、手取りが増えていないという不満しか残らないのです。これでは、企業側も働く側もモチベーションが上がりません。
さらに、税理士としては、2年間食料品に関してだけ消費税をゼロにして、給付付き税額控除とか、目先の税法を中途半端にいじるのはホント勘弁していただきたいです。。。
さて、3月年度末になりましたが、たまには税理士らしい話をしようと思います。
日々の経済活動を帳簿に記録することを「仕訳する」と言いますが、この帳簿に記録する「簿記」の技術はイタリアで始まりました。
その簿記発祥の地、イタリアには「3月24日決算」の帳簿が数多く存在します。
日本では国の事業年度に合わせた「3月31日決算」が多いですが、この中途半端な日付は、レオナルド・ダ・ヴィンチの名画「受胎告知」に隠されています。
この有名な宗教画は、聖母マリアのもとを訪れた大天使ガブリエルが、「あなた妊娠していますよ」と告げるシーンが描かれています。
この受胎告知は3月25日の出来事で、ここから9カ月経った12月25日のクリスマスに生まれたのがイエス・キリストです。
このような理由で、受胎告知の日は記念すべき「始まりの日」であり、今も欧州の多くの国で祝日となっています。
中世イタリアでは、これにちなんで3月25日から会計年度を始める商人たちがいたようで、そうなると、期末は3月24日となるわけです。
そんな3月24日決算の古い帳簿の表紙にこんな言葉があります。
―「神と利益のために」―
キリスト教の影響力が強かった中世イタリアにおいて、「ガバナンスは神」だったのでしょう。
そして、帳簿はたしかに商人たちの「守り神」でした。簿記は13~14世紀のイタリア各都市で誕生しましたが、その頃のイタリアには「お調子者」の商売人がたくさんいて、調子の良いことをペラペラ言いながら、あとになって「そんなこと言ったっけ?」とトラブルを起こします。
したがって、ヴェネツィアやフィレンツェの商人は、なにかにつけて公証人のもとを訪れ、口約束を信じることができない商人は、あらゆる約束や決めごとを「文書の記録」に残すことで安心できたのです。
そんな「記録」を大切にする文化が、日々の取引を逐一「帳簿に付ける」行為になっていきました。
この記録のための技法が「簿記」です。
当時、イタリア商人たちの帳簿付けや決算書作成は「自らの経営状況を知る」ことができる上に、対外的なトラブルが生じた際は「裁判の証拠」となる商売人にとって強い味方でした。
この味方があったからこそ、イタリア商人たちは一時代を築くことができたのです。

現在、ダ・ヴィンチの「受胎告知」はフィレンツェのウフィツィ美術館に飾られ、美術館一番のお宝として防弾ガラスで守られています。
「受胎告知」はウフィツィ美術館のみならずイタリアの精神的、そして経済的な守り神になっているのです。
今年は午年です。日本語には、馬にちなんだことわざがたくさんあり、「人間万事塞翁が馬」「馬の耳に念仏」「馬鹿は死ななきゃ治らない」など、他にもたくさんあります。
なかでも、「馬鹿は死ななきゃ治らない」この言葉は「どうしても言うことを聞かない人や、同じ失敗を繰り返す人は簡単には変わらない」という強めの表現です。”頑固な人はなかなか考えを改めないものだ” という皮肉やあきれを込めた言い回しなんですね。
では、そもそも「馬」と「鹿」でなぜ「馬鹿」というかご存じですか?
これは、中国・秦の時代の有名な故事に由来します。舞台は秦の始皇帝亡きあとの宮廷に、権力の中枢に趙高という人がいました。この趙高というのがめちゃくちゃで、秦の始皇帝には20数人の子供がいたのですが、亡くなった後、クーデターを起こして遺言を書き換えて、長男を自決に追い込んで当時12歳の末子を秦の二世に即位させました。
そして、その皇帝の前に鹿を連れてきて、「これは馬でございます」と言ったんですね。当然、臣下の中には「いや、鹿です」と言う者もいれば、「馬です」と権力に迎合する者もいました。趙高はここで、鹿を鹿と言った者を粛清し、馬と言った者だけを重用したという話です。
趙高は何を試したのかというと、秦の始皇帝死後の混乱期に実権を握っていたのが自分で、皇帝の秦二世は名ばかりです。趙高は「この宮廷に、自分に逆らう者がどれだけいるか、誰が“真実”より“私”を選ぶかを知りたい」そこで使ったのが、誰の目にも明らかな“鹿”を“馬”だと言わせるテストでした。
では、「馬です」と言った者が重用された理由は、権力への服従を証明したからです。
鹿を見て「馬です」と言うのは、判断力がないのではなくて、判断力を“捨てる覚悟”があるという証明で、しかもその人はもう「共犯者」です。
「あの時、鹿を馬と言いましたよね?」「次も従えますよね?」ということです。
あの時代、組織にとって最も危険なのは「正しい人」です。
「鹿です」と言った人は、現実を見ていて、空気より事実を選んで、権力にNOと言えるということです。
今の独裁国家も同じで、専制体制において、これは最大のリスクです。
だから真っ先に粛清されました。
この話が2000年後も残り、「馬鹿」という言葉が今も使われるのは、この構図が現代でも繰り返されているからです。
会議で明らかにおかしい方針に誰も異を唱えないとか、SNSで嘘だと分かっていても空気に流されるとか、こうした瞬間に、私たちは無意識のうちに 「鹿を馬と言っている」のです。
でも、この語源を知ると、「馬鹿」という言葉は本来、他人を見下すための言葉ではなく、自分への警鐘として生まれた言葉で、本当にそれは馬か?鹿だと分かっていて黙っていないか?自分の目で見て考えているか?そう考えるのが「馬鹿にならない」方法だと思います。
馬鹿とは、知らない人ではなくて、知っていて目を背けた人のことなんですね。
ちなみに、この趙高は、この後も幼い皇帝を虐殺して、自分が秦の三世になろうといろいろ企みましたが、結局側近が誰も付いてこずに殺されて、秦帝国は滅亡するっていう、それこそ馬鹿みたいな話ですね。

2026.01.05
2026年がスタートしました。
今年は2月に冬季オリンピック、3月に野球のWBC、6月にサッカーのFIFAワールドカップが開催されます。
スポーツ観戦が好きな人にとっては、待ち遠しいビッグイベントですが、始まったらまた寝不足が続きそうです。
ところで、3月末をもってNTTドコモが3GサービスFOMAを終了するのをご存じですか?
これによって携帯電話IP接続サービス「iモード」のサービスも終了となり、NTTドコモのガラケーの歴史に幕が閉じられます。
ポケベルがなくなった時のように、時代の移り変わりを実感しますね。
さて、新年早々、シュールなタイトルからスタートしましたが、「君、明日から会社を辞めてくれ」これは、松下幸之助がある課長に投げかけた一言です。
あなたなら、この言葉の”真意”をどう受け取りますか?
当時、松下電器では、コタツの不具合で回収業務に当たっており、製造を行った課の課長が回収責任者でした。
そして、松下氏は彼にこう続けます。
「会社を辞めて金を出してやるから、しるこ屋になれ。どうすれば売れると思う?」
・・・最初は何のことかわからず、課長は沈黙します。
課長「有名なしるこ屋を調査します」
松下氏「何を調査するのや?」
課長「その店が、なぜ流行っているのか理由を具体的につかみます」
松下氏「次は?」
この調子で、どうすればお客さまにとって美味しくなるのか?周りの人の試食は?
どうやってその味を維持する?お客さまの反響を逐一チェックするには?
価格はどうする?いくらならお客さまは買う?
など、根掘り葉掘り聞き、課長に考えさせたあとこう切り出しました。
「一杯5円(当時の価格)のしるこでさえ、ここまで考えないと売れない。
それより高い製品を売る立場の君は、その100倍、200倍考えて努力しないとダメだ。
分かったら、『会社を辞めてくれ』は取り消すから、明日から課長の仕事をしっかりやってくれ」
これは単なる叱責ではありません。
モノやサービスを売るものとして”売る側”ではなく、”選ぶ側”の視点でビジネスを見直しなさい、ということです。
残念ながら、この原点からどうしても離れてしまいます。
真剣に真面目に自社のサービスに向き合う時間が長くなればなるほど、「お客さまが求めるもの」より、「自社のこだわり」に意識が向きがちだからです。
「いい商品なのに、売れない…」「何を変えればいいのか分からない…」
もしこう悩むのなら、「お客さま視点」が徐々に薄くなっているアラートかもしれません。
「来年から考えようかな…」そうして動かなかった結果、何も変わらないまま新しい年を迎える経営者を何人も見てきました。
松下氏が課長にしるこ屋を想定させたように、この年始に「マーケティングの原点」に立ち返って考えてみませんか。
今年の干支は丙午(ひのえうま)です。火の力が重なる干支だと言われています。
情熱や勢いが高まり、太陽のようにエネルギーが満ち溢れる年となります。
大きな飛躍のチャンスですので、新しいことや諦めかけていたことに挑戦すると良い結果に繋がる年になるでしょう。
今年もよろしくお願いします。
